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2007年 05月 01日
F1:Ayrton Senna da Silva
 1994年5月1日。
 ちょっと古いF1ファンなら、忘れることの出来ない日であろう。

 そう、ファンの人でも、そうでない人でも、
 この日が来ると、何か、こう気持ち的にふるえるものがあるかもしれない。

 もうあれから今年で13年になる。
 当時は地上波しか中継がなく、中継時には毎回楽しみに深夜の時間を待っていたものだ。

 しかし、その日だけはカッコいいオープニングもなく、突然の現地映像。
 聞けば、セナがクラッシュにあい重体との報。

 
 何度も流されるクラッシュのシーン。
 タンブレロを直進し、ウオールに殆ど減速もしないままクラッシュして止まった後
 少し、カナリアカラーのヘルメットが動いた気がした。



 "大丈夫だろう"


 きっと誰もが思ったに違いない。
 確かに大きなクラッシュだった。
 しかし、
 きっとまた、ロスマンズカラーのレーシングスーツに身をまとい、
 サーキットに戻ってくる、
 そう思っていた。

 
 現地の中継から、再開のレース映像へ。
 ライバルのいなくなったイモラを、次代のチャンピオンになるミハエルが独走し、
 片山右京が頑張っているシーンも映し出されたが、何処か空虚。
 何かが違うと思っていた矢先、

 急に現地映像がカットイン。


 セナ、事故死の報道だった。


 実況のCXの三宅アナや今宮氏、川合氏が涙に暮れ
 恐らく日本だけでなく全世界のファンが涙したであろう瞬間。

 母国ブラジルのサッカーの試合途中に、この朴報が流れると
 誰が言うでもなく試合が中断され、選手や関係者、スタジアムの観客全てが黙祷した言う逸話もある。


 あれから13年。
 安全性が飛躍的に高められ、コースがどんどん改修され、
 プライベーターが活動しにくくなり、メーカーの代理戦争の様相を呈してきたF1を、
 セナはどのような思いで、空から眺めているのだろう。


 
 自分がセナの技術で一番に思いだすもの。
 それは、鈴鹿のスプーンカーブのセナ足。
 エキゾーストサウンドがCDに収められたものを購入し、
 何度も聞きほれたものだ。

 あの、自力TCSといおうか。
 アクセルのパーシャルとONの繰り返しは、
 他のドライバーには真似できない芸当だった。


 これだけ思いをこめて書いているようで、
 実は自分はセナファンではない。
 それでも、彼の死はあまりにも痛すぎた。
 F1を見始めたとき既に絶頂であった彼が、
 絶頂のまま、サーキットから姿を消してしまったのだ。
 
 最近になって、彼のドライビングを映像で見る機会があった。
 レギュレーションなど様々な違いはあるとは言え、
 やはり彼のドライブには舌を巻く。

 恐らく、誰も彼の真似を出来るものはいないだろう。


 そして、あの超絶な技術を繰り出しつつも、
 妙に人間的だったところ。
 それも、今でも心に残っている理由かもしれない。


 「それでもF1は続いていくのです」

 今宮氏があの時言った様に
 今もF1は続いている。


 自分もあの後も毎戦欠かさず見ている。

 セナは、あれから様変わりしたF1を
 どんな思いで見つめているのだろう。
F1:Ayrton Senna da Silva_c0101167_23393897.jpg


 
 

by R-130 | 2007-05-01 00:00 | ∟F1 2007 Other issue


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